豊川海軍工廠平和公園のお空からこんにちは
夏頃の話ですが、バイクで愛知県豊川市周辺を走っていた際、豊川海軍工廠(こうしょう)平和公園という施設を見つけました。
こちらは2018年開園したばかりの新しい公園で、戦時中は「豊川海軍工廠」という海軍の兵器工場で、その規模から「東洋一」とも呼ばれていたんだとか。
いくつか当時使われていた施設がある程度残っていたりしますので、その様子を地上とドローンによる空撮でお届けします。
豊川海軍工廠平和公園をGoProとドローンで撮影した動画もあるよ
こちらの動画を見て頂ければ、豊川海軍工廠平和公園のだいたいの雰囲気が伝わると思います。いくつか説明文も記述しています。ぜひご覧ください。
豊川海軍工廠平和公園を巡る。歴史を学ぶ。
豊川海軍工廠平和公園の各施設
改めてご説明いたしますと、この公園の見所は大きく2箇所。「旧第一火薬庫」と「旧第三信管置場」です。
「防空壕跡」についてはほぼ埋め立てられていて、当時の様子は全くわかりません。また、これら以外にも当時の街路灯など、いくつか遺構を見ることができます。
「平和交流館」には豊川海軍工廠としての凄惨な歴史に関する資料が展示されていて、無料で見学できます。
公園には無料の駐車場があり、何より2018年オープンと新しく綺麗な様子から、子供連れの方や犬の散歩をする方など、地域住民の憩いの場として賑わっていました。ただやはり戦争関連の施設周辺にはあまり人が寄り付いていない様子でした。
はい、まずこれが防空壕跡。既に埋め立てられたうえに木が植えられているので当時の様子はよくわかりません。ただ近くにある案内を見てみると「全長4.5m、幅1m、深さ1.2m」だったとのこと。おそらく我々が想像している防空壕よりもはるかに小規模だと思います。
さらには「至近弾に対してはほとんど無力なものでした」「掩蓋(天井の覆い)がなかった可能性もあります)」とさらりと書いてありました。
また、この工場に動員された女学生の日記からの引用もあり、それによると「私達だけ掩蓋がないのだ。ほんとにしっかりした安全な防空壕が欲しい。人の防空壕へ頭をペコペコさげて入れてもらうなんて、何てつまらないだろう。」とのこと。
実際に使用した人自身もその安全性には満足していないこと、そして何より防空壕に入る際にも周りに気を使っていた(あるいは気を使わなければいけなかった)ことが窺い知れます。
ちなみに幹部職員の防空壕は鉄筋コンクリート製だったそうです。つらい話だ。
続いて旧第三信管置場。こちらは建物の周りが土塁で囲まれています。これは「信管」が保管されているため、もしも爆発事故が起きた場合でも、周りへの被害を抑えるためなんだそうです。賢い。
残念ながら建物は施錠されており、見学できる時間が限られているようでした。外から見た感じでは、先日伊豆で見た廃病院のようでした。
もういっちょ、旧第一火薬庫。こちらも内部の見学時間が決まっていて、みることができませんでした。雰囲気的には、大久野島や友ヶ島で見た火薬庫と似た感じだと思います。
これは当時の街路灯。…それだけだ!
公園の周辺を空撮
公園の周辺にはいくつかの工場があり、それらも当時は海軍工場だったと聞きます。
お隣にも土塁に囲まれた遺構が見えます。大きい建物は名古屋大学の施設。
現在はもう使われていない様子で、この辺りも取り壊しののち、公園化されるのかもしれません。
この記事の撮影機材
カメラ1:GoPro HERO7 Black
カメラ2:DJI Mavic Air
戦争遺跡を巡る
日本各地に遺された戦時中の遺跡…。そこには目を背けたくなる歴史もあるものの、チラ見する限りは非日常的なものであり、私にとっては面白い「珍スポット」の1つです。
長崎にある針尾送信所もそんな戦争珍スポットの1つ。田舎に立ち並ぶ3本の巨大な塔。RPG的景観がそそります。おすすめです。